信越トレイルクラブ

信越トレイル・ストーリーズStories

ブナ林を抜けて広大な牧場地帯へ

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のんびり幸せな朝の時間。

3日目は、校庭の真ん中で目を覚ます。朝から晴れ間も見えて、この旅一番の天気だった。僕はお湯を沸かしてコーヒーを淹れ、朝の時間を楽しんだ。

加藤則芳氏は、ロングトレイルは長ければ長いほどよいと語っていた。距離が長いほど、自然だけでなく、文化や歴史、その地域の暮らす人たちとのふれあいを感じられるからだと。信越トレイルの延伸ルートを歩いていると、それを強く、深く感じることができる。

今日は、結東の集落から北上し、牧場や田園風景のなかを進み、森宮野原の駅の近くまで歩く。どんな出会いがあるだろうか。

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「あずき坂」はブナ林で覆われている。

かたくりの宿を出発すると、つづら折りの登りが始まる。

現在は、「あずき坂」と呼ばれているようだが、以前は、結東登止 (とど) に通じる「登止の道」という呼び名もあったらしい。登止というのは「登りつめたところ」という意味で、深い峡谷にある秋山郷には、登止という地名はいくつもあった。

この結東の「あずき坂」は、とてもブナ林が美しかった。ちなみに「あずき坂」という名前は、坂の上から集落に下りてくるまでの時間が、ちょうど小豆が煮える時間ということが、その由来であるらしい。

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「あずき坂」を登りきったところにある石仏。旅人を見守ってくれている気がした。

ブナ林が終わると、今度は広大な牧場エリアに出た。ここは新潟県妙法育成牧場という、乳牛を育成する施設だ。それまでの景色とはまったく異なる、見渡す限り牧草地の景色のなかを歩く。

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広大な敷地に広がる牧場。しばらく舗装路だけに疲労はたまるが、開放感は満点だ。

中子集落で出会った90代のおばあちゃんと小学生

2時間半ほど歩くと、眼下に中子 (なかご) の集落が見えてくる。ここからの眺めが最高なのだ。この眺望をつくっているのは、河岸段丘と呼ばれる階段上の特殊な地形だ。

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高台から眺める中子集落。河岸段丘の、階段の上の面「段丘面」が一望できる。

苗場山麓エリアは、ジオパークに指定されるほど、ユニークな地形的特徴がある。この日に歩いて来たエリアも、苗場山や鳥甲山の噴火によってできた溶岩の大地の上だ。

縄文の遺跡が多く発掘されている場所であり、自然と人とが長く共生してきた場所としても興味深い。

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中子集落を眺めながらひと休み。ついでに、夜露で濡れたテントを乾かす。

中子集落に入りしばらく進むと、道端で、手押し車 (シルバーカー) を持つおばあちゃんと、大人と子どもの女性が話をしていた。

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地元の人とふれあうのも、ロング・ディスタンス・ハイキングの魅力のひとつ。

中子のおすすめスポットを聞いてみたところ、すぐそこに「中子の池」があるとのことで、案内してくれることになった。聞けばおばあちゃんは、中子生まれ中子育ちの90代。この辺りの情報をいろいろ教えてくれた女の子は、おばあちゃんの親戚の小学6年生だった。

池で3人とは別れ、僕はしばらく池のほとりで佇んでいた。この池は、中子集落のすべての田んぼを潤すために築造されたため池である。現在は「中子の桜」と呼ばれるほど桜の名所としても有名で、春になるとカメラを手にした人で賑わうそうだ。

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桜の名所としても有名な「中子の池」。

稲刈りシーズン真っただなかの田んぼを歩く

中子の池のまわりには、収穫期を迎えた田んぼが一面に広がっていた。黄金色に実った稲穂だらけの光景は美しく、その田んぼのあぜ道を歩くのが気持ち良かった。

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黄金色に実った稲穂を眺めながら歩く。

しかも、ふと後ろを振り向くと、遠くには1日目に登頂した苗場山が見えていた。そんな苗場山に見守られながら歩みを進めていく。

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トンボがたくさん飛んでいたので、少したわむれてみた。

田園地帯を抜けて国道117号に出ると、風月堂という和菓子屋さんが目に入った。ちょうど良かった、明日の行動食を買いたかったんだ! と思い、中に入る。

女将さんが、バックパックを背負った僕にやや驚きながらも、笑顔で迎え入れてくれた。さすがに出で立ちが怪しいかと思い、いま旅をしていて苗場山からここまで歩いて来たんですよ、と説明した。まあさらに驚かれてしまったわけだが、理解はしてもらえたようで、とても親切に対応してくれた。

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国道117号で、たまたま見つけた風月堂という和菓子屋さん。

女将さんいわく、19歳でここに嫁いできてもう60年も営業しているとのこと。売りは羊羹だそうだが、今は、娘さんがパンや焼き菓子も手がけているということで、羊羹と焼き菓子を買うことにした。

今日の宿泊地は、旧上郷中学校を2015年夏にリノベーションして誕生した越後妻有「上郷クローブ座」だ。ここは「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の拠点のひとつでもある。ハイカーの宿泊には対応していないが、今回は、特別に許可をもらって泊まることができた。

一面のブナ林に祝福されながら、天水山山頂にゴール

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雨の中、天水山に向かってスタート。信濃川を渡る橋。

最終日は、いよいよ信越トレイルのこれまでのルートと接続するところまで歩く。目指すのは、関田山脈の天水山 (あまみずやま) の山頂だ。

明け方からあいにくの雨だった。徐々に晴れる予報だったので、しばらく待とうかとも思ったが、待たないことにした。

1日目だって2日目だって雨は降った。でも、そんなの関係なく楽しかったじゃないか。そう思ったら、雨が上がるのを待つ必要なんてないと思ったのだ。

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農道を気持ち良く闊歩する。でも、今日が旅の最終日かと思うと少しさみしい。

森宮野原の駅を過ぎると、天水山の山頂まではずっと登りだ。けっこうハードかなと思っていたが、この3日間歩き続けてきてカラダが慣れてきたのか、快調なペースでグングン登ることができた。

トレイルに入る前の農道セクションは、左右に黄金色の稲穂、バックには山を覆う雲海。最高のロケーションに気分も昂る。苗場山から始まった旅は、ふもとの秋山郷の集落をつなぎ、牧場や田園地帯を通って、また山へと向かっていく。

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信越トレイルの代名詞とも言えるブナ林。

トレイルに入ると、さすがは信越トレイル、ブナ林が美しく、瑞々しく、癒しの空間そのものだった。

ランナーズハイならぬハイカーズハイ状態で、無心で歩き続けていると、気づけば天水山の山頂まできてしまっていた。

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天水山への登りの途中で見える景色。ここまで歩いてきた河岸段丘が見渡せた。

ついに、信越トレイルの延伸ルートを踏破することができた。たった4日間だったが、この4日間のことをすぐには思い出せないほど、さまざまな出来事があった。

苗場山から秋山郷に入り、この地域で育まれてきた文化や食を味わい、トレイルも舗装路も歩きながらいくつもの集落を経て、天水山へ。

山から里へ、里から山へ。まさにこれこそがロング・ディスタンス・ハイキングの醍醐味、と呼べる旅だった。

できることなら、この天水山山頂から折り返して、また4日間かけて苗場山まで歩きたい! 本当にそう思うくらい楽しかった。今回は、天水山に登った後に松之山口に下山し、松之山温泉に寄って最後の夜を過ごした。それもまたよしだ。

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ついに、天水山に登頂! 延伸区間を踏破することができた。

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