信越トレイルクラブ

信越トレイル・ストーリーズStories

#6 延伸ルート踏破レポート 〜約40kmの新セクションの全容〜

文:TRAILS /写真:信越トレイルクラブ、TRAILS / 監修:TRAILS

#06 延伸ルート踏破レポート

~約40kmの新セクションの全容~

信越トレイルは、天水山から苗場山までの約40kmの区間を延伸し (Section7〜10) 、2021年秋に約110㎞のトレイルとして生まれ変わる。

延伸によって、秘境の秋山郷 (あきやまごう) と呼ばれるエリアや、米どころの信越らしい稲田の広がる田園風景、そして広大な高層湿原の広がる苗場山までをつなぐロングトレイルとなる。今までの関田山脈のブナの森をゆく山道だけではなく、一気に道のバラエティが広がるアップデートだ。

山と町をつなぎながら長く歩く旅をすることが、ロング・ディスタンス・ハイキングの醍醐味であるが、まさにその意味においても、信越トレイルはより「ロングトレイル」らしくなる。

この延伸ルートを、オープンに先駆けTRAILS編集部crewの根津が踏破してきた。延伸ルートを通しで歩いた最初のハイカーとして、このレポートをお届けしたい。ロング・ディスタンス・ハイカーによる、信越トレイル延伸ルートの踏破レポートだ。

※本取材は、信越トレイルクラブ事務局からのルート情報提供のもと、2020年9月に延伸予定ルートを歩く形で実施したものです。

信越トレイル・ストーリーズ

信越トレイルは、いかにして人々を魅了し、ロングトレイルの旅へと駆り立てるのか。加藤則芳氏が込めた理念、誕生のヒストリー、トレイルを支える地域の人々。それらのなかにある「他にはない何か」を再発見すべく、長年、信越トレイルを取材してきた「TRAILS」(※)の編集チームが監修・制作した記事シリーズ。
※トレイル・カルチャー・ウェブマガジン「TRAILS」(https://thetrailsmag.com

加藤則芳氏が夢見た壮大な信越トレイル

東京から上越新幹線に乗って、約1時間半。越後湯沢駅のホームに降り立つと、短パンだった僕は、肌にひんやりとした空気を感じた。9月半ばの湯沢町は、すでに秋の気配が漂っていた。

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上越新幹線の越後湯沢駅から、新たな信越トレイルの東側の起点になる苗場山へ。

信越トレイルを苗場山まで伸ばす計画は、加藤則芳氏の生前の夢であった。(詳細は「信越トレイル・ストーリーズ#01」)

「信越トレイルへの私の思いはさらに続きます。関田山脈から東西に距離を延ばすことです。東は秋山郷から苗場山、白砂山へ、西は笹ヶ原高原を通って雨飾山から白馬岳までと、信越国境すべてを貫く壮大な『信越トレイル』を夢見ているんですよ。」(「信越トレイル公式ガイドブック『信越トレイルを歩こう!』」より)

僕は加藤氏がかつて語っていた言葉を噛みしめながら、苗場山へと向かった。1日目の行程は、まずは東の起点である苗場山山頂に行くところまでだ。

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今回の延伸ルートの旅の行程。

越後湯沢の駅前でタクシーに乗り、祓川 (はらいがわ) 登山口まで約30分。降りると、小雨がぱらついていた。雨か……と思いながら、傘をさして舗装路を歩き始める。

ほどなくして和田小屋が見えてくる。ここはかぐらスキー場のゲレンデであり、冬になると、早朝のファーストトラックを狙うスキーバムたちが投宿する。この和田小屋からゲレンデの斜面を登り、さらに樹林帯へと入っていく。

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和田小屋からかぐらスキー場のゲレンデを登っていく。

登山口から1時間半ほどたったあたりから、徐々に視界が開けてくる。下ノ芝、中ノ芝、上ノ芝といった湿原が続き、分岐を左に曲がると、標高2,000m前後の斜面のトラバースが始まる。

進むごとに景色が移り変わり、山の表情の豊かさに目を奪われる。もはや雨など関係なかった。むしろ視界が制限される雨だからこそ、目の前の自然とまっすぐに向き合えたのかもしれない。

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登りの途中にある湿地帯を気持ち良く歩く。

でもそんな自然の景色以上に僕の心の中を占めていたのは、信越トレイルの起点としての苗場山であり、それを望み続けていた加藤則芳氏の想いだった。

信越トレイルが2008年に全線開通 (80km) してから、12年。ようやく約40kmの延伸が実現する。そして、そのスタート地点である苗場山の山頂が、もう間近に迫ってきていた。

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標高2,000m前後の斜面のトラバース。視界は悪いが、幻想的な雰囲気がただよっていた。

苗場山の上に広がる、幻想的な高層湿原

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苗場山の山頂の台地に出る。

雲尾坂の急登を登りきったとき、突如として目の前がパーッと開け、広漠たる草原の台地が姿を現す。

標高2,145mの苗場山の山頂は、だだっ広い台地状の形をしている。周囲約10kmのその台地に、高層湿原が広がっている。これだけ広大な湿原が山頂に広がっている山は、他にはないだろう。

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高山植物が湿原に生えるさまが、田植え後の苗田に似ていることから、苗場となった。

山上にある別世界。まるで山頂感がない不思議な景色。

湿原には、無数の池塘 (ちとう) があちこちに存在している。この日は霧が立ち込めていて、より幻想感が増していた。

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ついに、信越トレイルの新しい起点にたどり着いた。

長野県と新潟県の県境にそびえる苗場山。ここが新しい信越トレイルの起点となる場所だ。今までの信越トレイルを特徴づけていた、標高1,000km程度の里山とは、まったく違う景色がそこにはあった

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1日目の宿は、苗場山頂ヒュッテ (苗場山自然体験交流センター)。営業期間は6月1日〜10月下旬まで (要事前予約、冬季休業)。

秘境・秋山郷の集落をつないで行く

2日目は、湯沢側から苗場山を越えた先にある、秋山郷 (あきやまごう) へと向かう。苗場山を下り、その麓に点在する秋山郷の集落をつないで歩く。

秋山郷は複数の集落からなるエリアの総称であり、あたらしい信越トレイルは、そのなかの小赤沢 (こあかさわ)、大赤沢 (おおかさわ)、見倉 (みくら)、結東 (けっとう) と4つの集落をつないでいる。

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雨も降ってスリッピーだったこともあり、ややスリリングな下山道。

この日の行程はかなり長い。苗場山山頂を早朝に出発し、小赤沢コースを下っていく。ゴツゴツとした大きな岩があったり、巨木の根が地上に張っていたりと、なかなか手強い道だ。

苗場山を下り終えると、秋山郷の小赤沢の集落にたどり着いた。

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静かで落ち着いた雰囲気の小赤沢集落。豪雪地帯ならではの特徴的な屋根のつくり。

信越国境の苗場山と鳥甲山 (とりかぶとやま) との間に、中津川渓谷という深い峡谷がある。その中津川渓谷沿いに点在する13の集落を総称して、秋山郷と呼ばれている (※1)。

秋山郷はなぜ秘境と呼ばれるのだろう。そう思って少し調べてみると、信越の豪雪地帯のなかでも、秋山郷はとりわけアクセスが困難な「陸の孤島」であったらしい。そこに長らく外界から切り離された辺境の世界があった。それゆえ古来からの生活文化が数多く残り、豊かな民俗学の宝庫にもなっている。

山を歩くだけでは味わえない、地元の生活文化にふれながら歩く道。ここはそんな新しい信越トレイルの特徴を、十二分に堪能できるセクションだ。

※1 秋山郷:以下の13集落を総称して秋山郷と呼ばれている。新潟県津南町に属する穴藤、逆巻、清水川原、結東、見倉、中ノ平、前倉、大赤沢の8集落、長野県栄村に属する小赤沢、屋敷、上の原、和山、切明の5集落。

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遠くからひときわ目立つ建物だったが、目の前まできて温泉施設の楽養館であることがわかった。営業期間は4月〜11月末まで (冬季休業)。

小赤沢の集落に着くと、僕は気になっていた楽養館 (らくようかん) という温泉に立ち寄った。ロングトレイルの旅には、寄り道がつきものだ。

建物の見た目から異彩を放っているが、温泉もまたパンチがある。個性的な濃厚な赤褐色のお湯に、浴室の雰囲気も秘湯感が溢れている。この日は長い行程なので、長湯は禁物と思いながらも、ついついゆったりとお湯に浸ってしまった。

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楽養館の湯上りに昼食でいただいた名物の岩魚 (イワナ) 丼。

秋山郷を世に広めた鈴木牧之の足跡をたどる

先を急がねばならないところだが、小赤沢集落でもうひとつ寄り道したいところがあった。「苗場荘」という民宿だ。なぜ行きたかったのかというと、ここは、鈴木牧之 (すずきぼくし ※2) ゆかりの宿だからだ。

鈴木牧之は、雪国の生活風俗を描いた名著『北越雪譜』(ほくえつせっぷ) を著した人として有名だ。その牧之は、江戸後期の秋山郷を旅して、それを『秋山記行』としてまとめた。僕は旅人としての鈴木牧之に興味を惹かれた。

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鈴木牧之が泊まった「苗場荘」の屋根裏は、当時のまま残されている。

牧之は、当時たいへんな辺境であった秋山郷に興味を持ち、1828年 (文政11年) に案内人をともなって旅をした。

牧之が秋山郷を旅した際に泊まった民家のひとつが、現在の苗場荘だった。牧之が泊まった宿である苗場荘のなかに入り、女将さんにご挨拶。僕も牧之よろしく、旅の途中に立ち寄りお茶をいただきながら、当時の面影をそのまま残した造りとなっている、天井の屋根裏や柱を見させてもらった。

※2 鈴木牧之 (1770 ~ 1842):越後の国、魚沼郡塩沢町の商人、文人。旅人でもあり、多くの記行文も残している。19歳で江戸へ。27歳の伊勢から西国への旅。42歳の苗場登山。47歳の草津温泉への旅。そして58歳で秋山探訪と、生涯を通して多くの旅をしてきた。

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宿のなかには、鈴木牧之が描いた絵が飾られている。

できればこの「苗場荘」でゆっくり1泊したかったと、後ろ髪を引かれつつ、もう秋山郷の次の集落に向かわなくてはならない。ちょっと寄り道に時間をかけすぎた。

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小赤沢を出た後は、「牧之の道」として整備された道を進む。

集落を繋ぎながら歩き、校庭での野営を楽しむ

苗場荘をあとにして集落の外れに行くと、森の中に「牧之の道」として整備された道があり、その道が次の集落の大赤沢のほうまで続いている。

大赤沢集落からはしばらく舗装路歩きだ。見倉トンネルの脇から旧道へ入り、トンネルを迂回するようなトレイルを歩き終えると、民家が見えてくる。

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見倉トンネルの手前から、トレイルに入っていく。

次に出てきた集落は、これまで通ってきたところとは違う空気感だった。聞けば、ここは見倉という集落で、わずか4戸しかなく、現在も昔ながらの暮らしが色濃く残っているそうだ。

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見倉集落。日本昔話の世界に入り込んでしまったかのよう。

さらに進むと、木造の吊り橋が現れる。見倉集落とこの先にある結東集落をつなぐ見倉橋だ。

見倉橋の上からは、中津川渓谷の絶景が望める。橋の下を流れる中津川も、その青みがかった水の流れが美しい。西川美和監督の映画『ゆれる』の舞台にもなった吊り橋であり、なにかこの場所がもっている強さを感じずにはいられない。

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見倉集落と結東集落をむすぶ見倉橋。

そして、日が沈もうとしているタイミングで、ようやく今日の目的地である結東集落の「かたくりの宿」に到着。よく歩いた、長い1日であった。

ここは廃校となった小学校を改築した宿だ。源泉かけ流しの温泉もある。しかも、信越トレイルを歩いている人に限っては、校庭でテント泊が可能なのだ (要事前予約)。

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廃校を利用した秋山郷結東温泉「かたくりの宿」。

ここは食事も本当に素晴らしく、山菜や野菜をふんだんに使った手作り料理の美味しさに、1日の疲れが吹っ飛んだ。

僕は、温泉に浸かって美味しいごはんを食べて、幸せいっぱいのなか、校庭の真ん中に張ったテントに横になり、あっという間に眠りについた。

大自然の中でのテント泊もいいけど、こういう里の中でのテント泊も、山と町をつなぎながら旅するロング・ディスタンス・ハイキングの魅力だと思う。

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山菜や野菜など、地のものをふんだんに使った料理。地元の郷土料理をアレンジしたメニューもあったり、細やかな気配りがゆき届いた料理は絶品。 (メニューは季節による)

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